丸善の歩み|丸善に原点あり。

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「文化の原点あり」

日本最古のPR誌『學鐙』

『學鐙』は、明治30年(1897)3月に創刊、以来現在に至るまで続けて発行されてきた、わが国最古のPR誌です。 創刊時の誌名『學の燈』に托したように、広く日本の学問の世界に寄与するため、また、欧米の文化受容の窓口としての目的で一貫して編集され、一企業のPRを超えて日本の学界・言論界の中で育ってきました。
本誌が本格的な学術エッセイ誌としての内容を整えたのは『學燈』と改めた明治35(1902)年からで(翌年から『學鐙』)、作家・文芸評論家として活躍していた内田魯庵を編集長に迎えた頃からといえます。この年の執筆者には坪井正五郎・坪内雄蔵(逍遙)、戸川残花・志賀重昂・森林太郎(鷗外)・井上哲次郎などの名前が見え、以来、本誌には日本を代表する学者、文芸家、言論人が執筆されており、明治・大正・昭和・平成の四代に亘る文化の証言者としての意義は大きいものがあります。


『学の燈』初刊

近代日本最初の詩集『新体詩抄』発行


『新体詩抄』

詩といえば漢詩を意味していた従来の詩とは別の体裁をなす近代日本最初の詩集『新体詩抄』は外山正一、谷田部良吉、井上哲次郎編著による作品で、明治15年(1882)丸善から発行されました。有名な「明治ノ歌ハ、明治ノ歌ナルベシ、古歌ナルベカラズ」という一節からは、新しい時代の息吹が感じられます。

クリスマスの普及周知に貢献

丸善では明治中頃から洋書の輸入や店頭でのクリスマス・デコレーション、『學鐙』でのクリスマス用広告などで、日本のクリスマスの普及周知に貢献。また、戦前からクリスマス用の包装紙を用意し、外国人はもとより山の手の富裕層のあいだにも丸善で絵本を買ってプレゼントする人が増え、さらに一般家庭へと普及していきました


クリスマス広告

世界の稀覯書を積極的に紹介

明治後期から人類の文化遺産ともいえる貴重な書籍(稀覯書)の輸入をはじめ、日本橋店に展示し、お客様に紹介していました。残念なことに明治42年に起きた火災によって、シーボルトの『日本動植物譜』やリンスホーテンの『東印度旅行記』などそのほとんどを消失しました。しかしその後も「天正使節渡欧350年祈念珍籍展覧会」「西洋好事本展覧会」など、稀覯書の入手・紹介につとめ、昭和62年(1987)には世紀の稀覯書というべきグーテンベルクの『42行聖書』を落札、多くの方にご覧いただきました。(現在は慶應義塾大学所蔵)

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