丸善雄松堂では、これまで大学や美術館などアカデミックな領域のお客さまを中心に、一級資料などをご案内する業務を続けてきました。今回は、当社で初めてのケースとなる、観光産業企業(ホテル)への納品事例を紹介します。
株式会社碧雲堂ホテル&リゾートは、北海道を拠点にホテルなどを運営する企業です。同社は、新千歳空港国際線ターミナル直結のラグジュアリーホテル、「ポルトムインターナショナル北海道」の開業準備において、館内施設「Café SKY LIBRARY(カフェ・スカイライブラリー)」に展示するための一級資料を集めていました。希望されていた資料は、日本および北海道が描かれた西洋古版地図などです。依頼を受け、当社グループ内に保有する資料のなかから、ホテルのコンセプトに見合うものを厳選。最終的に古地図・古書など計15点を納品しました。
クライアントの要望と、提示されたテーマの詳細
株式会社碧雲堂ホテル&リゾートでは、北海道で初となる「本物の美術品をそろえたホテル」を2020年2月に開業予定で、2019年内にさまざまな準備を進めていました。その一環で、図書館をイメージしたカフェ「Café SKY LIBRARY」の壁を飾る、日本や北海道をテーマにした一級資料を収集しており、その業務を当社が受託しました。
クライアントの要望は、「北海道をテーマにした西洋古版地図を集めてほしい」というもの。収集テーマは、「歴史的、記念碑的な古地図」と「北海道や北方の変遷がわかるような古地図」の2つです。
かつて北海道以北は蝦夷(地)と呼ばれ、長らく未開の地であり、日本人にもよく知られていないベールに包まれた土地でした。現在は地図上に北海道があるのはごく普通のことですが、ある時代より前の地図を見ると北海道が描かれていません。これは歴史的にも学術的にも重要なポイントで、西洋古版地図に北海道を含む日本地図が描かれていれば、その時代には西洋で日本や北海道の存在が知られていたことがわかります。
こういったことを背景に、クライアントは、ホテルの利用者に北海道の変遷を目で見て知ってもらいたいと、古地図を希望されていました。
ホテルのグレードアップにつながる一級資料を検討・提案
「これまでに類を見ない一級資料を集めてほしい」というクライアントからの要望を満たすため、まず社内でホテルのコンセプトやテーマを総合的に検討。インバウンドで日本に訪れる外国人のお客さま、特に富裕層をターゲットにしたラグジュアリーなホテルであることから、目の肥えたハイクラスの宿泊客も満足できるような、価値の高いものを提案することで話を進めていきました。
さらに、館内各所には葛飾北斎や伊藤若冲の作品、浮世絵など国宝級の日本の美術品を展示する予定だと伺い、古地図に加えて、当社グループ内で保有していた貴重な一級資料のなかから、ホテルのコンセプトに合う古書とアンティークの地球儀も提案いたしました。
納品した古地図、古書、アンティーク地球儀のおもな特徴
最終的に用意したのは、トータル15点の一級資料です。内訳は古地図7点、古書5点、アンティーク地球儀3点です。
<古地図>
「歴史的、記念碑的な古地図」のテーマで用意したのは、「近代地図の父」と称されるアブラハム・オルテリウスの「太平洋図」(1589年、「世界の舞台」より)など。また「北海道や北方の変遷がわかるような古地図」の観点で用意したのは、オスマン帝国時代に世界で初めて印刷された日本地図「ジャジーラエ・ヤポニヤ」(1732年)や、ペリー提督の「日本遠征記」に収められていた「日本諸島地図」(1856年)などです。なかでも、オスマン帝国の地図が印刷された18世紀頃の日本は、世界に「黄金の国ジパング」として伝わっており、その姿を表したという木版の地図はとても希少性が高く、大量印刷されているものとは一線を画します。
<古書・地球儀>
当初クライアントは古地図だけを求めていましたが、ホテルのコンセプトを鑑みて、よりホテルの価値を高められるような古書や地球儀も提案しました。用意した古書は、フランス人宣教師で歴史家のピエール・フランソア・ザビエル・ド・シャルルヴォアの「日本史」(1736年)や、歴史・地理作家として活躍したトーマス・サルモンの「世界紀行:極東地域編」(1731~1766年、イタリア語版)など。選定ポイントは、北海道や日本の歴史が記されているもので、西洋人が記録した旅行記・探検記、国際人として明治時代に活躍した日本人の著書(初版本や豪華本)などです。また地球儀は、アメリカ製やイタリア製のアンティーク(18~19世紀)ものを用意。いずれもなかなか目にすることのできない、貴重な資料です。
ディスプレイのポイント
「Café SKY LIBRARY」は、壁際に本棚がレイアウトされており、日本の美術や文化、ホテルに関する新刊本が置かれているのが特徴です。その本棚の合間に、ガラスケースに入れた古書と地球儀が展示され、古地図は壁に並べて飾られています。
古書の展示方法は、当社店舗で日常的に行っている方法を提案。クライアントは当初、“古書を開いたままにしておくのは問題ではないのか”“図版をどうしたらのぞき込んでもらえるか”と展示のイメージがつかなかったようですが、専門的な知見からクリップや重石を使う方法などをアドバイスすることで、納得いただけました。
また古地図では額装にもこだわり、額は全て一点物を厳選。ヨーロッパから特注で取り寄せたもので、日本で既製品として売られているものではありません。地図の色味に合わせてマットや額縁の色を選び、表面カバーには、古地図を傷つけにくく、耐久性があり、紫外線をカットできるアクリル板を装着。結果的に、シックな内装になじむ形に仕上がりました。
古書や古地図の魅力は未知数
ホテルに絵画が飾られているのは、誰もが見慣れていてなじみのある光景でしょう。しかし、本物の古地図や古書を間近で見たことがある人はそれほど多くはないはずです。古書や古地図は、目の前に立った人の知的好奇心を刺激するもの。絵画よりなじみが薄い分、その魅力は未知数です。特に古地図は、社会的・歴史的にさまざまな事象が絡まり、時代によって描かれ方が変わります。日欧の交流を通じて当時の人たちが見た世界や、当時のドラマを感じられるのが古地図の魅力です。
当社では普段、西洋の古書や古地図をはじめとした一級資料などを海外で探して仕入れ、個人のコレクターや愛好家、大学、美術館、博物館、一般企業など、さまざまなお客さまに提案しています。これまでは、特にアカデミックな領域が主軸でしたが、今回初めて観光・サービス業界の企業からの案件を受託し、確かな手ごたえを得ることができました。ホテルを通じて、その先の一般のお客さまに古書・古地図の魅力を伝えるという初めてのケースでしたが、将来性のある新しい領域を開拓することができました。
丸善雄松堂古書グループの今後の展望とアプローチの方向性
当社では、今回のような観光サービス業界以外にも、フィールドを大きく広げて古書・古地図を提案していく方針です。例えば、デザイン系の企業にビジュアルに特化した古書を提案して、コラボレーション商品の開発につなげたり、文化・芸術活動に力を入れている一般企業に、創業の歴史に関わる古書を用意したりすることもできます。また美術館で行われる絵画展などでは、古書・古地図と結び付けた新しい展示方法で、独自の世界観を演出するといった提案も可能です。
当社では今後も幅広い業界の皆様に、古書や古地図の魅力をご案内していきます。