2021年10月24日
[INTRODUCE 22]
内田魯庵
二十世紀初頭の丸善を支え、文壇でも活躍した内田魯庵。1910年、彼が『學鐙』に掲載した「洋書五十選」は、大いに読書界から注目された。魯庵が「洋書五十選」を発表したきっかけは、『時事新報』に掲載された「一〇〇良書選」。時事新報が有識者、読書家にアンケートをとって選んだこのリストは、和漢書が六割、洋書が四割という比率だった。その内容に不満を覚えた魯庵は、洋書だけに絞って自ら選出した五十冊のリストを『學鐙』で発表したのである。
シラー『ウィリアムテル』、ニーチェ『ツァラトストラかく語りき』とはじまるリストには、当時は苦い顔する人も多かった不貞小説、トルストイ『アンナ・カレーニナ』や、神経病的なポー、ヴェルレーヌの詩なども選ばれていた。世間の意表をつく結果に、文学青年たちはさすが内田さんだと喝采したそうだ。
早矢仕有的が医者だったことから、それまで理系分野に強みをもっていた丸善は、魯庵のような審美眼の鋭い社員の登場により、文学においても影響力をもつようになった。
1910年(明治43年)