立命館大学は、出版をはじめ全国の教育・研究機関への支援を手掛ける丸善雄松堂と、教育・研究事業での包括連携協定を2023年12月15日に締結。日本初の英文に特化した学術出版(University Press of Ritsumeikan, 略称UPR)の開始を端緒に、さまざまな企画・事業で連携・協力を進める。協定のスタートを機に、仲谷善雄(立命館大学長)と矢野正也(丸善雄松堂代表取締役社長)が「つながり」をテーマに対談を行った。
2024年02月01日
立命館大学は、出版をはじめ全国の教育・研究機関への支援を手掛ける丸善雄松堂と、教育・研究事業での包括連携協定を2023年12月15日に締結。日本初の英文に特化した学術出版(University Press of Ritsumeikan, 略称UPR)の開始を端緒に、さまざまな企画・事業で連携・協力を進める。協定のスタートを機に、仲谷善雄(立命館大学長)と矢野正也(丸善雄松堂代表取締役社長)が「つながり」をテーマに対談を行った。
教育・研究事業での包括連携協定を結んだ立命館大学と丸善雄松堂。両者には協定を結ぶ以前にどのようなつながりがあったのか。立命館大学の仲谷学長は、丸善(2016年2月に丸善と雄松堂書店は経営統合し丸善雄松堂となった)への個人的な印象も含め、経緯を語った。
「個人的には丸善さんには昔から書籍でお世話になってきました。やはり梶井基次郎の『檸檬』の印象が強烈で、文具などの輸入品にも魅力を感じてきました。また矢野社長とのつながりは、私が2019年に立命館大学の学長になったときに、丸善雄松堂さんが主催された『大学経営トップセミナー』に講師として招いていただいたのがきっかけです。
そこから意気投合して一緒に事業をやりましょうという話になったのですが、コロナ禍でなかなか動き出せず、ようやく去年の12月に包括連携協定を結ばせていただきました。まずは我々が持つ研究リソースを英語で出版することを突破口に、いろいろなことを一緒にやっていければありがたいと考えています」
数千冊にわたる立命館の出版物から、英語出版第一弾として選ばれたのは、立命館大学文学部の加藤政洋教授と河角直美准教授の共著である『おいしい京都学: 料理屋文化の歴史地理』。世界に出版ネットワークを持つ丸善雄松堂を窓口に、ドイツの出版社の協力を得て欧米への流通をめざす計画だ。
【UPR】の第1弾として出版される『おいしい京都学:料理屋文化の歴史地理』
一方、丸善雄松堂の矢野社長は、1990年に導入された立命館大学図書館の学術情報システム(RUNNERS)の営業担当だったという意外なつながりを披露した。
「弊社はさまざまな海外資料の情報をデータベース化しており、そのノウハウを立命館大学さんのRUNNERSに活用させていただきました。当時から共感を覚えていたのが、学術情報のオープンアクセスや学際研究や企業との共同研究に積極的な立命館大学さんの姿勢です。
また組織としても、設立が共に1869(明治2)年であることに共通点を感じています。当社は明治という日本が世界に目を向けた時代に、海外からの輸入品、特に洋書や外国雑誌に力を入れ、未来に向けて『知を鐙(とも)す』ことに取り組んできました。当社の理念となっているこの言葉は、自分自身が強く光るのではなく、志ある人に知という鐙火 (ともしび)があることを伝え、照らしてゆこうという考えです」
矢野正也 丸善雄松堂代表取締役社長
明治という文明開化の時代のなかで、社会貢献的な使命を果たそうとしてきたことも両者の共通項であると話す矢野社長。仲谷学長も同意を示しながら、立命館の始まりが近代日本の政治家・国際人だった西園寺公望の私塾にあることを紹介。立命館の名は孟子の盡心章(じんしんしょう)の一節に由来すること、西園寺が革命時のフランスに留学していたことが「自由と清新(Freedom and innovation)」という建学精神につながったことを語った。
また立命館の学園としての始まりは、1900年に開かれた勤労者のための夜学校「京都法政学校」にある。矢野社長も丸善が1905年頃から夜学校を開き、英語や簿記を従業員に教えていたことを紹介。両者に「知を鐙(とも)し育む」共通した姿勢があったことを確認した。
立命館大学は現在、学園ビジョンR2030「挑戦をもっと自由に」に基づき「立命館大学チャレンジデザイン」を策定。世界水準の研究・教育展開を核とした次世代研究大学の構築と、イノベーションを創発する人材の輩出を柱として掲げている。
実現に向け必要なのが、世界との「知のネットワーク」を構築し、立命館がハブとなり、存在感を打ち出すことだ。そのためには、立命館が持つ知的なリソースを世界に向けて発信しつづけることが肝要だと仲谷学長は語った。
「立命館大学では年間100名ほどに博士号を授与しています。若手研究者への出版助成にも力を入れており、以前から彼らの知を海外にも発信していきたいと考えていました。しかし我々は出版部門を持っておりませんでしたので、丸善雄松堂さんとのご縁を得ることができたのは、大変ありがたいことでした」
矢野社長も2021年より丸善雄松堂が「まなびのつながりを育む」をブランド・プロミスに掲げ、学術情報の発信に注力してきたことを説明。日本では若手研究者の発表の場が限られており、国際的な発信につながりにくいことへの憂慮を示し、企業として貢献したいという想いを表明した。
「その意味でも丸善雄松堂にとって、立命館大学さんの知の国際的発信に貢献できることは、大きな意味を持ちます。大学に知を発信するプラットフォームをつくり、世界とつながる知のネットワークとなってゆくことをサポートしたいと考えます」
仲谷学長も、世界との知のつながりがこれから非常に重要になると頷く。
「現代社会では、さまざまな要素が絡まった課題に取り組まねばなりません。誰か一人での解決は難しく、多様な立場の人間が協力して解決に向かうことが求められます。つまり、知のつながりをベースに活動していくことが求められる社会だといえるでしょう。
そして知のつながりをつくるには、グローバルな発信が不可欠です。大学によっては出版局を持っていますが、海外に広く販売する手立ては持ち得ていません。それが世界における日本の大学・研究者への評価の低さや、世界に対してインパクトを与えにくいところにつながっている。これを我々は変えたいわけです」
立命館大学と丸善雄松堂による英文に特化した学術出版【UPR】開始という日本初の取り組みは、世界にインパクトを与える挑戦であるという認識を共にした両者。それぞれが守り続けてきた知の鐙火(ともしび)を、世界へと広げていくことで協働していくことを確認した。
仲谷善雄 立命館大学長
立命館大学と丸善雄松堂の包括連携協定では、【UPR】開始を手はじめに、学術成果の世界発信、大学の人材育成、新しい学びや研究の在り方に関する企画・事業、研究・教育高度化に関わる企画・事業で連携・協力を進める計画だ。今後の構想について仲谷学長は、問題意識を持って能動的に学ぼうとするLifelong learner(生涯学習者)に、何を提供できるかが重要だという認識を示した。
「我々大学も、先生が前に立って教えるような従来の枠組みではもう成り立ちません。大学の教育そのものが探求であり、研究に結びつく能動的なものでなければなりません。そのためにも、多種多様な知をつなげてゆくパートナーとして、丸善雄松堂さんとはこれからも緊密に連携させていただきたいと思います」
問題意識を持って能動的に学ぼうとする学生や市民に、どのような知のネットワークを提供できるのか。丸善雄松堂では大小の仕組みをさまざまに展開している。そのための仕組みのひとつが「ほんのれん」サービスだ。
「ほんのれんは、100冊の本がセットされた一畳ほどの小さなライブラリーなのですが、本を起点に問いを立て、対話を起こす装置でもあります。毎月テーマを変え、対話が起こりやすい本を『旬感本』として選定しており、例えば『人とは何なのか』というような哲学的な問いから対話が生まれ、つながりも生まれ得る装置です。また本が起点となりますので、学校や大学、企業、地域コミュニティにと展開可能な場は無限大です。将来的には、本を通して世界の人たちともつながれる仕組みにしていきたいと考えています」
また同社では「まなびの空間づくり」事業も展開している。矢野社長はその実例として、福井県敦賀市に、単に「書店」という言葉では説明しきれない知育・啓発施設「ちえなみき」をプロデュースしたことを紹介。敦賀市民はもちろん遠方からも人が集まり、創発や人と人とのふれあい・つながりを生み出す空間となったことを語った。
知のつながりを創造する、福井県敦賀市の公設民営の施設「ちえなみき」
学術研究の成果や書籍のグローバルな発信により、世界に日本の知を広げるという今回の取り組みのなかで、二人はとくに人文社会科学の知を伝えることを重視している。矢野社長は次のように語った。
「先ほど、立命館の名が孟子に由来しているという話が出ましたが、我々日本人がアジアのなかでどのような思想に触れて文化を育んできたのかということを、もっと自信を持って世界に発信してよいと考えています。幕末から明治にかけて世界に日本の存在感を示そうと尽くされた先人の多くが、儒教をはじめとするアジア的な思想に触れて立志されました。知を正しく扱うには、思想が大事であるということを先人は良く理解されていたのでしょう」
続いて仲谷学長は、コロナ禍を経て人文社会学の知の重要性が改めて認識されたと話した。さらに生成AIの出現によって、人間の知とは何であるかが根本から問われる時代が訪れつつあると言葉を継いだ。
「今、我々は人類史的に非常に大きなターニングポイントを迎えようとしています。このような時代に生き、挑戦できることを、私は幸せだと思いますね」
両者が描くのは、日本の知が世界に発信されることで、これまでにない知のインパクトが生み出される未来。日本初の英文特化学術出版【UPR】から始まる、新たな挑戦に期待が寄せられる。